9.糖尿病…その色々なジレンマ


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食事療法で非常に難しい事がひとつあります.その上それは本人にとって非常に大きな問題であるのですが,おおかたの人たちが気にしない事でもあります.
それは何あろう“好き嫌い”.どうです?少しは覚えがありますか.私自身は医学的な観点からはさておき(こう云うWeb Pageで,さておいていいのかどうかは兎も角として)嫌いなものを食べる必要は全くないと思っています.そこで発生する問題が,食事の選択において制限が加わっている方の場合,嫌いなものを“体にいいから”と云う理由で我慢してまで食べる事が必要かどうかと云う事なのです.好きなものを食べられない苦痛は誰でもあるがこれは意外に少数の方の悩みかも知れません.でも敢えて取り上げてみましょう.
ここで典型的な声が聞こえて来そうです.本来生活習慣病の予防の啓蒙を心がけるべきである医師が好き嫌いを奨励してもいいのか!
しかしそんなきれい事で済むほど個人個人の食事にからむ問題は簡単ではないと考えます.もし健康の為に嫌いだが食べると云う方がいらっしゃればそれは本当に嫌いではないのです.食べて食べられない事はないと云う程度の事で.
糖尿病で入院された方の中には経験のある方があるかも知れませんが,自分の食べられないメニューが出てきた.どうしても嫌いで喉を通らない.生理的に受け付けない.でもそれを食べないと指示カロリーを下回ってしまうし第一空腹で仕方がない.低血糖をおこすかも知れない.医師や看護婦や栄養士に云っても“好き嫌いをなくして何でも食べるようにしなければ”と真剣に取りあってくれない.わがままだと思われてします.でももし私が入院してレバーが出てきたら(私はホルモン類が食べられないのです)“こんなもの食えるかっ!”までは云わないけど拒否すると思います.
実際鉄欠乏性貧血で当院に来られる方に食事の注意を尋ねられた場合
「そうですね,レバー等はいいと思います.但し食べる事が出来れば」と思わず云ってしまうのです(笑).
薬だと思って食え!と云われますが食べられないものは食べられない.ですから管理栄養士さんの立てる
患者さんの為を思っての献立がとても欺瞞に思える事があるんです.栄養士の皆様ご免なさい.皆さんが本当に良かれと思ってそうされているのは判るのですが少数のそう云った人たちの声を黙殺しないで下さい.
 勿論私はどうしてもあるメニューが食べられないと云う人向けに別メニューが用意されているのは知っております.別に病院のメニューに文句を云いたいのではありません.(おいしくない,と云う声があるのは確かですがそれは色んな要素が絡んでいるので一概には云えないのも判っています)
 私が云いたいのは色んな問題はあるでしょうが入院の場合でも同じ食品交換表の中の表の中であれば交換することが出来るのですから病院食はもう少しこまめにメニューを選べるようにして欲しいと云う事です.このため実はこんなWeb Pageで発言していても何ら事態は変わらないので是非患者さん当人が主張される事をお奨めします.その内変わる可能性があるかも知れません.いや少なくとも自分は苦痛を受けたくはないでしょう?
 実生活においてもそうです.これは体にいいから食べなさいと云う言葉は親切なように見える一種の暴力です.それを避ける為には自分自身が食事療法を正確に把握して
「いや,それを食べなくてもこれを食べれば問題はない」と云いきれる自分を作り上げる事です.
ただ一つだけご注意を.好きなものでいいですからその表からなるべく沢山の種類を選んで献立を組みあわせて下さい.最低限,糖尿病専門医としてこれだけは申し上げておきます.例えば表3の場合単位数は合っているからと云って牛肉ばかり食べない.他の蛋白源も組み合わせるように工夫する.そういう事です.


運動療法とジレンマ

こちらの方が実は“好き嫌い”と云う問題では数段難しいように思います.私自身は運動が嫌いではないのでよく人に奨めますが(勿論糖尿病としての義務としても),本当に体を動かすのが好きではないと云う方もおられます.
必要理由を説いても嫌いな方にはなかなか実行して頂けない.実は運動嫌いであったが実際やってみると面白い(体力がついてきた.スマートになって格好良くなってきた,と云う理由も含めて)と云う方がおられるのでかなり熱心に奨めます.但し嫌で嫌でたまらないと云う方にどうして運動療法をやって貰うか,と云う解決法は今のところ持っていません.ただ必要性を説くのみです.これは医学的に説明するのは簡単なのですが食事と同じく生理的に運動を受け付けない,と云う人に対しての事です.


思いやりのジレンマ

糖尿病なの?食べ過ぎたの?食事療法大変ですね.インスリンって大変ですね.等の言葉.
結婚はいつするの?子供はいつつくるの?痩せてるから沢山食べなくちゃね.太ってるから痩せたほうが体にいいよ.これも同じニュアンスの言葉.
「やかましい!要らぬおせっかいだ!」と叫びたくなる事ありませんか?私もこう云う立場でなければ体重を落とすべきである等とは人には云いたくはないのです.あたかも心配しているかのように,いや実際心配だと云う
その人に良かれと云うやさしい言葉が欺瞞に満ちている様に感じるのは私がヒネくれているのでしょうね(笑).
 誰も文句をつけられないような正論を持って来る人は,本人がいいと思っているだけに始末が悪い.糖尿病のラベルを貼られた方は大なり小なりそう云うご経験があると思います.まだ「あなたは糖尿病なので当社では採用できません」と云われたほうがマシだとさえ思えて来るほどです.勿論それがいいと云う訳ではありませんよ.絶対に.但し社会は偏見と理不尽と差別に満ちているのは当たり前ですからそこを個人個人でぶち破る試みはとても大切だと思うのです.
 何も病気がなく悩みもなく嫌なこともなくと云うのは理想に思えますが,そんな事は生きている限りありえない.いや,それだからこそ生きている意味があると云える程です.そうは云っても実際就職差別は受けるし結婚の問題もある.勿論そうです.でもそれがあなたなのです.そして解決するのはあなた自身なのです.例えば私はことあるごとに糖尿病の人に対する偏見を捨てるようにWeb上でも,世間話でもしていますがそれはこの世でそう云った仕事についているからであり,糖尿病でない他の人がそう云う事をする事はないでしょう.世の中すべての人が糖尿病の知識を身に付け偏見を捨てる事が出来れば一番なのでしょうが,そうなると他の疾患総てに対してそう云う態度を求めなければなりませんからこれは実際上無理な話です.頭では判っていてもついつい上記のような「思いやり」の言葉が出てくる.それを心地よいと感じる人は別ですがそうでなければはっきり
「糖尿病はこう云うものである」と言葉をつくす事が,自分の周囲にいる人に出来る対処法でしょう.
しかし自分の身を案じて云ってくれているのだからわざわざ角の立つことはしたくないと云う方は多いでしょうが,心の中で「なんてこと云うんだ!」と思いつつ「いやあまあ…」と笑顔で答えてしまう自分が辛い方は是非自分を語って下さい.決してそれはわざとらしくクサイ事ではありません.
糖尿病治療は自分を見つめる事です.自分の人生において糖尿病がどう云う位置を占めるのか考えるべきであると思います.その結論は“あなた”の中にあります.医師はヒントのきっかけを与える存在であり,本当の“あなた”に関わる事は到底出来るものではありません.


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